総合診療×風の谷×コモン 新しい里山の構築
安宅和人のシンニホン
斎藤幸平の人新世の「資本論」
シンニホンでは科学分野や教育への投資とICTの徹底的な活用による経済の活性化を主張するが、最終的には地球環境問題を経て、風の谷という構想にいたる。
風の谷とは、テクノロジーの力を使って、自然と共に豊かに生きる思想だ。
具体的には地方の限界集落を再構成することで、人が手入れした自然豊かな土地=風の谷を世界中で構築するという構想である。
これは、風の谷のナウシカのオマージュであり、ブレードランナー的な一極集中型未来(攻殻機動隊的な未来とも言える。)へのアンチテーゼである。
斎藤幸平は、人新世の「資本論」で資本主義を否定する。
具体的は資本主義の経済発展至上主義は、地球環境という視点ですでに限界に来ていると指摘する。
そのうえで、脱成長を掲げ、資本主義の隷属とならない豊かさを目指す。
そのためには医療や教育、介護などのインフラを商品化をやめ、お金を使わずにアクセスできるもの=コモンへの転換を唱える。
バルセロナのようにコモンを拡充し、緑化や再生可能エネルギーの利用を進め、個人的な車の利用を制限するという都市をもっと増やす。
このようなコモンを重視し脱成長を目指す思想=脱成長コミュニズムを唱える。
一見、対象的な両者の結論が、風の谷とコモン。
興味深いことにその意図は、かなり似ている。
今回、私の専門である医療に的を絞って考察したい。
結論から言えば、風の谷とコモンを実現するためには総合診療が必須である。
その根拠を述べる。
①風の谷と総合診療
安宅和人が目指す風の谷は、菊の花構想という概念とセットとなっている。
菊の花構想とは、簡単に記述すれば、若者は風の谷に定住し、高齢者は都市部の近くに定住するように意図的に誘導するという構想である。
その根拠は若者は救急車の利用率が低く、高齢者は一方で救急車の利用率が高いというデータに由来する。
高齢者は国の貢献者であり優先的に医療を受けれる体制を作るべきであるという主張である。
ただ、ここでは、あえてこの主張の問題点を述べることにする。
確かに、高齢者で救急搬送率が高いのは事実であるが、その中で大規模急性期病院での治療が必須である症例の割合は決して高くない。
具体的な数字はおそらく存在しないが、体感的には1割にも満たない。
これは森田 洋之氏の論点からも明らかである。
「財政破綻の夕張」で起きた地域医療の現実 | 健康 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
夕張では病院が閉鎖することで、救急車の利用率はむしろ減少し、その代わりに在宅医療が増加し、死亡率は減少しなかったという結論である。
つまり、高齢者が救急車を呼ぶ割合が高いため、より急性期病院での医療が必須であるというのは誤解である。
具体的には、高齢者の転倒や発熱、食欲低下などは決して急性期病院でないと対応できないわけではない。
特に認知症で寝たきりの高齢者では急性期病院で出来ることは限られており、実際は在宅医療で対応できる症例が、少なく見積もっても8割程度というのが実感である。
実際は、真に急性期医療を必要とする心筋梗塞や脳梗塞の患者は中年~元気な高齢者が大多数を占める。
また外傷は若年者でも頻度が高く、高度な急性期医療が必要となることも多い。
よって、高齢者を全例、優先的に都市部に誘導するという立場には反対である。
ただし、私は風の谷構想自体は肯定的な立場である。
よって代替案は以下のようになる。
非情に聞こえるかもしれないが、いわゆる公的な特別養護老人ホームや老健施設、有料老人ホームは風の谷に優先して配置する。
都市部の有料老人ホームの入所には制限がかかる。
しかし、高齢者で自立していればむしろ優先的に都市部に住むことが可能になる。
よって、風の谷に求められる医療は若年者のケアのみならず、高齢者のケアにも長けている必要がある。
また将来的には風の谷で子供を生むことを考えると、産婦人科や小児科にも長ける必要がある(異常分娩は都市部で行うことが必須だが正常分娩は風の谷で完結する必要もあるだろう。)
また若年者の急性期疾患ではその初期治療と急性期対応にあたり、風の谷で完結できるものは完結し、必要であれば都市部の病院への救急搬送も担う。
さらに風の谷となった地方で最後まで過ごしたい高齢者も、尊重されるべきだ。
当然、このような幅広い分野を各分野の専門医が診るというのは効率が悪く、人件費の無駄である。
よって、必然的に総合診療医ではないと務まらないことは自明の理である。
医療の分野に詳しくないかたは想像できないかもしれないが、医師はすべての分野を診療できるわけではない。
学生や初期研修時代は広く学ぶが、医師3年目で専門を決めてからは基本的には自分の専門分野を診なくなる。
もちろん救急外来や一般外来など例外的に専門分野以外を診ることはあるが、一部の例外を除き、基本的には「やっつけ仕事」とならざるおえない。
専門分野を極めることも決して簡単ではないからだ。
一方で、総合診療医は医師3年目から総合的に幅広く診療できるための専門的な研修を受ける。
同じ医師ですら誤解しているが総合診療は専門性がないというのは、間違いだ。
むしろ、上記のような風の谷で求められるような幅広い領域へ対応するには頻度が高い病気や病態への対応について専門的に研修する必要がある。
そのような研修こそが総合診療の研修である。
風の谷では診療所ベースで複数の医師がチームを組む「家庭医」タイプの総合診療医が必須であると考える。
なお、風の谷では大規模急性期病院が存在しえないので専門医にとっては専門的研修が出来ないというデメリットがあり医師確保が難しい。
一方で、総合診療医にとっては風の谷こそ最も自分たちの研修が出来る場のひとつであり、さらに風の谷同士を繋げれば大規模多施設臨床研究も可能になる。
風の谷は専門医にとってはデメリットしかないが、総合診療医は無限のメリットを生み出せる可能性がある。
また都市部では総合診療医が不要であるかというとそうではない。
都市部であっても、専門医が診る前のゲートキーパーとして、あるいはクリニックでの慢性期ケアや在宅医療で「家庭医」タイプの総合診療医が必須である。
さらに、急性期大規模病院であっても、専門医の狭間に陥りやすい高齢者や精神疾患合併あるいは多疾患併存状態では総合診療が専門性を発揮できるため、「ホスピタリスト」タイプの総合診療医も必要になる。
また風の谷の一部に中規模の病院を作り、風の谷の患者を集約することも可能である。
この病院をコミュニティホスピタルと名付ける。
コミュニティホスピタルも総合診療医が主体となって病棟、外来、救急を運営し、必要に応じて都市部の病院と連携するほうが人員を抑えられ、効率的である。
なお、5Gを利用して、風の谷の総合診療医から都市部の専門医にコンサルテーションすることも可能である。
実際に、tele ICUという都市部の集中治療専門医が遠隔で地方の集中治療室に指示をする体制も実際に構築されている。
また、海外では遠隔で専門医にコンサルトするシステム(e-consult)が確立され、研究され始めている。
日本でも同様のe-consultの事業が立ち上げられている(このブログの筆者はこのプロジェクトに関わっておりCOIあり)
風の谷は、e-consultを利用した研究にはうってつけの環境となり、科学の新たな知見を創出する場となる。
ちなみに、年間9000人程度が医師になるが、総合診療専門医は200人程度であり、全体の2%程度に過ぎない。
なお、イギリスでは医師全体の29%が総合診療医である。
そもそも、現状でも、総合診療医が足りていない。
風の谷を作るなら、全く足りないと言わざる負えない。
医師の3割が総合診療医となるようにならないと、風の谷は夢のまた夢だろう
②コモンと総合診療
コモンが総合診療と相性が良いというのは直感的には自明である。
そもそも、コモンは脱成長とセットである。
つまり大量生産、大量消費の資本主義の脱却を図るという意味になるが、医師の業界においては製薬会社と専門医療の関係についてが主問題となる。
製薬会社は毎年、多数の新薬を開発している。
例えば、新規抗凝固薬などの循環器領域の薬剤や、SGLT2阻害薬などの糖尿病領域の薬剤は代表的なものだろう。
製薬会社は新薬の新しい臨床試験を繰り返し新規薬剤の優位性をアピールする。
この構造は資本主義にほかならない。
確かに新規抗凝固薬はたしかに便利であるが、歴史がある薬剤であるワーファリンに比べて劇的に生命予後が改善するわけではない。
出血が減り調整が不要というメリットはあるものの、ワーファリンの値段が1錠9.6円に対して、新規抗凝固薬は1錠 500円前後と圧倒的な差がある。
SGLT2阻害薬も同様である。昔から使われておりさらに死亡率も減少させ国際的な第一選択薬となているメトホルミンはジェネリックならば1錠500mg製剤で13円である。
一方で新薬であるSGLT2阻害薬の値段は200円前後である。同薬剤は心不全の新規治療薬という側面も持っており、その意味では代替が難しいが、しかし糖尿病治療薬としてはメトホルミンが基本的には優先される。
しかし、製薬会社の宣伝努力もありメトホルミンよりもSGLT2阻害薬が処方される機会はそれなりにある。
総合診療医にはもともと、新薬は控え歴史的に使われていた薬剤を大切にする文化がある。
もちろん専門医は新薬を積極的に使うことが専門分野の開拓につながる側面があるが、少なくともプライマリ・ケアの現場で新薬を大量に使用することは、医療経済的にも負担が大きい。
さらに、先の森田氏の論述でも述べられているように夕張で病院が閉鎖されて、高齢者の在宅医療が増えることで死亡率が低下しなかったが、さらに追加すると医療費を低下させることが出来た。
病院医療が無駄な医療費の一因となっているとも言える。
総合診療医が中心となり在宅医療を行うことで医療費の削減に繋がり、コモンの実現に近づくことが可能になる。
また総合診療医は病歴や身体診察を重視し、検査も最小限にする文化がある。
CTやMRIなどの画像検査も実施に当たりCO2排出が馬鹿にならない。
日本のようなCTとMRIが過剰に存在する国ではなおさらである。
これらの論点から総合診療はコモンと相性が良いことが理解いただけるだろう。
③里山の展望
風の谷とコモンは、個人的には少しイメージがしにくい。
我々日本人には、「里山」のほうがしっくりくるだろう。(これは友人の三浦先生のお言葉を借りた)
実際に、斎藤幸平も里山の循環がキーになると指摘している。
安宅和人が、風の谷で例として挙げられた東北地方の原風景も里山にほかならない。
よって、ここでは風の谷とコモンを統一して、里山と呼ぶことにする。
つまり前述したように、ICT、IoT技術や再生可能エネルギーなどの新しい技術で再構成した新しい里山である。
なお里山は概念であり必ずしも山でなくてもよく、海でもよい。
安宅の提唱する風の谷も、谷がなくてもよいというのと同意義である。
里山の医療の中心となるのは今で述べたように、総合診療医以外にはありえない。
ここでは少し視点を広げ、里山とアカデミアについて考える。
奈良には、なら食と農の魅力創造国際大学校という大学がある。
この写真を見れば自明のように、山の中にあり、周りは田園風景が広がる里山である。
しかし、そこで併設されたオーベルジュの質は極めて高く、地元の食材を使用した最高級の料理を堪能できる。
この大学では農業と食を担う次世代の人材を育成しようとしているが、その価値を生み出す源泉こそが里山の豊かな自然である。
もうひとつ沖縄科学技術大学院大学の例も挙げる。
沖縄科学技術大学院大学は新設された大学院だが、文部科学省と別の体系で海外の研究者を多数誘致し、職員学生ともに外国人が大多数を占めており、質の高い論文の割合を調べた英科学誌ネイチャーの調査で、東大を抜いて日本1位、世界で9位となっており、東大を超えている。
実はここが設立されている場所は那覇から45kmで、車で1時間ほど要する「過疎地」である。
しかし、豊かな海が近く自然が豊かであり、この自然の豊かさが同大学院の魅力となっていることは間違いないだろう。
つまり、里山に投資し研究施設を作り、自然の豊かさで海外の人材を誘致するということができれば、日本の科学のレベルはさらに上がるとも言える。
これはシンニホンで安宅が唱えた未来そのものである。
なお、最後にまた医療に戻ると日本で過疎地で成功した大病院もある。
亀田総合病院である。
大学病院クラスの特大規模の病院にも関わらず、鴨川という僻地に存在する。
写真のように海と山に囲まれた土地だが、同病院が、鴨川の主要産業となっている。
海外を含めて、有能な医師をヘッドハンティングすることで質の高い医療を実現し、東京からも患者が来ることでも有名である。
同病院にも、病院で働く総合診療医「ホスピタリスト」が存在し、より小さなコミュニティホスピタルである安房地域医療センターにもホスピタリストが存在する。
さらに近場の館山におけるプライマリ・ケアを一手に引き受ける、大規模診療所である亀田ファミリークリニックにも「家庭医」タイプの総合診療医が多数存在する。
つまり、亀田グループの医療において総合診療医が重要な役割を担っているといえる。
鴨川は子供の教育という面で課題があるが、もし鴨川に世界クラスの質の高い教育を実践する小中高の学校が存在すればさらに、鴨川に人が集まる可能性が高い。
もちろん、先の沖縄科学技術大学院大学やなら食と農の魅力創造国際大学校のような大学や、地元の食材を使ったオーベルジュなどが誘致できれば、さらに魅力的な土地になるだろう。
こういう形の大規模病院を中心とした里山も将来像としてはありえる。
しかし、それを実現するためにも、総合診療医が必要であるのだ。
○まとめ
以上のように、風の谷、コモン、そして里山と総合診療医の関連について述べた。
風の谷とコモンの統一概念である里山は、総合診療医なくして成立しない。
また、総合診療医は別の言い方をすれば、地球環境問題を積極的に考える必要があるとも言える。
総合診療医が街づくりに関わる例もすでにあるが、これからは新しい里山づくりに総合診療医がどのように関わっていくかという視点も必要だろう。
なお、総合診療専門医には地域思考のアプローチという項目があるが、地域を意識したコンピテンシーを打ち出している点も総合診療医の特徴であり、必然的に里山との相性も良い。
また今回の本題ではないが新型コロナ感染対応でも総合診療医の果たした役割は大きい。
もちろん、感染内科医、集中治療医、救急医が重要なのは当然だが、私の知る限りでも総合診療医が病院での入院治療から、発熱患者の救急対応、および発熱患者の外来対応など幅広い分野で活躍していた。
さらに新型コロナの後遺症も多種多様な症状を呈し、どこの専門医を受診してよいか分からない状況となっている。やはり、総合診療医の出番である。
今後、新たなパンデミックが再来するリスクを考えても、総合診療医の役割はますます大きくなるのは自明の理である。
しかし、前述したように現状では総合診療医は新卒の医師の2%に過ぎない。
これから総合診療医の実数を適正に増員することが課題である。
新卒医師のみならず、専門医から総合診療医へのコンバートのための研修も進める必要があるだろう。
総合診療医の必要性について、より社会で議論されることを願う。
文責:総合診療医 森川暢 2021年の大晦日に
○追記
日本テレビの科学の里というプロジェクトをみていると、里山を手入れすることで自然が復活し、なんとタガメが戻ってきた。
驚くべきことである。
タガメは本当にいない。
奈良の宇陀という比較的自然が豊かな地域でももう見なくなったとのこと。
タガメがいるような豊かな里山というのは、それ自体が価値を生み出す資産であり、日本が世界に誇る文化となるような気がしている。