誤嚥性肺炎ただいま回診中発売記念 ABCDEアプローチの概要、誤嚥性肺炎のエビデンス
今回は、誤嚥性肺炎ただいま回診中の発売記念として、誤嚥性肺炎のABCDEアプローチを簡単に概説します。
詳しく知りたい方は、ぜひ本書を読んでくださいね。
〇誤嚥性肺炎のABCDEアプローチ
誤嚥性肺炎のマネージメントは絶食、抗菌薬、STオーダーだけになっていませんか?実は誤嚥性肺炎は感染症診療だけでなく、リハビリテーション医学、歯科、薬剤調整、老年医学、栄養、緩和ケア、臨床倫理などの幅広い領域の知識を総動員する必要がある疾患なのです。誤嚥性肺炎ほど奥が深く、総合診療医の腕を存分に発揮できる疾患を筆者は他にしりません。
誤嚥性肺炎では多職種で包括的に介入することで予後が改善するとされています。
単施設の研究ですが誤嚥性肺炎に包括的介入を行うことで、死亡率の低下傾向を認め(4.9% vs. 17.6%,P=0.061)、肺炎で治療後1年の無再発生存率も改善した(48.5% vs. 24.3%,P=0.040)という報告があります。
荒幡昌久,他.高齢者嚥下性肺炎に対する包括的診療チーム介入試験.日老医誌.2011;48(1):63-70.
このような包括的介入を覚えやすく提唱しているのがABCDEアプローチです。ABCDEアプローチを実践することで誤嚥性肺炎の予後が改善することが実感できるでしょう。
- 誤嚥性肺炎で介入可能なABCDEアプローチ
A Acute problem |
急性疾患の治療 |
B Best position/ assist/meal form |
適切なポジショニング、食事介助、食事形態 |
C Care of oral |
口腔ケア |
D Drug |
薬剤 |
D Disorder of Neuro |
神経疾患 |
D Dementia/Derrium |
認知症/せん妄 |
E Energy |
栄養 |
E Exersice |
|
E Ethical |
倫理的配慮(緩和ケア含む) |
〇 Acute problem 急性疾患の治療
1.抗菌薬
当然すがですが、抗菌薬治療を十分に行うことは重要です。治療が十分にされていない状態での嚥下評価をしても過小評価になるからです。つまり肺炎を十分に治療するだけで嚥下状態が改善する可能性もあるのです。
なお、食事を少しムセたあとに熱が出るというのは食物による化学性の炎症ですので誤嚥性肺臓炎として厳密には区別されます。誤嚥性肺臓炎で酸素化も問題なく肺炎像もない場合は、抗菌薬なしで、食事をスキップしたり嚥下食にすることで経過をみることが可能です。
N Engl J Med . 2001 Mar 1;344(9):665-71. doi: 10.1056/NEJM200103013440908. Aspiration pneumonitis and aspiration pneumonia
なお、誤嚥性肺炎の抗菌薬といえばアンピシリン・スルバクタムのイメージでしょうか。実際に、それは間違いではないです。
特に口腔内が不衛生な場合は嫌気性菌をカバーできるアンピシリン・スルバクタムは非常によい選択です。
ただし、口腔内衛生が保たれているならセフトリアキソンで治療が可能です。
最近ではルーチンの嫌気性菌カバーは必須ではないとされています。
N Engl J Med . 2019 Feb 14;380(7):651-663. doi: 10.1056/NEJMra1714562. Aspiration Pneumonia
観察研究ですが誤嚥性肺炎に対してアンピシリン・スルバクタムを使用しても、セフトリアキソンを使用しても死亡率に差がないという報告もあります。
J Comp Eff Res . 2019 Nov;8(15):1275-1284. doi: 10.2217/cer-2019-0041. Epub 2019 Nov 18. Ceftriaxone versus ampicillin/sulbactam for the treatment of aspiration-associated pneumonia in adults
なお多少の耐性菌リスクがあっても重症例でなければ、アンピシリン・スルバクタムで治療も可能です。
市中肺炎の後ろ向きの報告ですが重症例でなければ、抗緑膿菌作用のある抗菌薬は必須ではないとされています。
J Infect Chemother . 2015 Aug;21(8):596-603. doi: 10.1016/j.jiac.2015.05.002. Epub 2015 May 22. Clinical evaluation of the need for carbapenems to treat community-acquired and healthcare-associated pneumonia
ただ、重症例で特に耐性菌リスクがあるなら、ピペラシリン・タゾバクタムやメロペネムが無難です。
サンフォードなどの成書を参考に十分量を7日前後を目安に投与します。
B Best position 適切なポジショニング
B Best assist 適切な食事介助
B Best meal form 適切な食事形態
誤嚥性肺炎診療の肝は経口をいかに安全に、いかに早期に行うかであり、最も本質的な介入になります。
後ろ向きの研究ですがinverse probability of treatment weighting (IPTW)法を用いて可能な限り交絡因子の影響を小さくしています。
これによると嚥下評価を行わなず絶食にすると入院期間が延長し、さらに嚥下機能も低下するとされています。
Clin Nutr . 2016 Oct;35(5):1147-52. doi: 10.1016/j.clnu.2015.09.011. Epub 2015 Oct 9. Tentative nil per os leads to poor outcomes in older adults with aspiration pneumonia
筆者の実感としても経口摂取を可能な限り早期に行うことができれば少なくとも退院にもっていくことができます。
安易に絶食にすると嚥下機能が廃絶し、看取りになったり胃瘻になったりすることも経験されます。
早期に安全に経口摂取を行うためには、よいポジショニング、よい食事介助、適切な食事形態が必要になります。
詳細は本書をご覧になっていただきたいですが、本書の執筆者でもある松本先生の動画も御覧ください。
さらに、安全に早期に経口摂取をするにはポジショニングや食事介助のより高度な実践が必須になりますが、それは本文をぜひお読みください。
食事を安全に開始するポイントは、ERでのABCDに準じて考えればよいと、麻生飯塚病院の吉松先生に教えていただきました。
A 気道
B 呼吸
C 循環
D 意識
つまり、喀痰で気道閉塞するリスクもなく、酸素もカヌラ2L前後で落ち着いており、循環動態も安定しており、傾眠傾向でもなければ食事は開始可能ということです。
なお、食事を開始するときには飲水テストとフードテストが必要です。
詳細は省きますが、実際にトロミ水やゼリーを患者さんに飲食してもらえば良いのです。
もちろん、最初は慎重に食事介助が望ましいでしょう。
トロミ水や嚥下ゼリーを嚥下しても、ムセもなく、口に貯まることもなく、酸素飽和度も低下せず、頸部の雑音もしないのであれば、試したものは問題なく継続できるということです。
可能なら入院日、少なくとも入院翌日にはこのフードテストを行います。どうしても忙しいのであれば、エンゲリードなどのもっとも嚥下しやすい食品をオーダーしておいて、STも可能な限り早期にSTをオーダーし、STの評価のもとに食事摂取を開始でもよいです。
STがいない病院なら看護師さんに評価をお願いすることもあるかもしれません。
しかし、嚥下評価は極めて重要であり、特に初回の評価は医師がベットサイドで一緒に評価することが望ましいです。
とにかく、可能な限り早く、昼間にゼリーだけでもよいので嚥下を開始し、絶食期間を可能な限り短くすることが重要です。
最初は嚥下ゼリーから開始し1−2日して誤嚥の徴候がなければ、徐々にムース食やミキサー食にしていければ良いのです。
軽傷であれば最初から嚥下食を開始しても大丈夫です。
そして可能な限り嚥下食でもよいので、3食の経口摂取のみで十分な栄養補給ができるレベルを可能な限り早期に目指します。
嚥下食を3食摂取している群は、補助栄養が必要な群よりも栄養状態や嚥下機能が保持されうという研究もあります。
Dysphagia . 2020 Aug;35(4):574-582. doi: 10.1007/s00455-019-10063-4. Epub 2019 Sep 18. Impact of Multiple Texture-Modified Diets on Oral Intake and Nutritional Status in Older Patients with Pneumonia: A Retrospective Cohort Study
なお、筆者は入院時から半夏厚朴湯などの嚥下を改善する薬を使用することもありますし、また必要な内服も継続するようにしています。
この際に、薬を粉砕し水ゼリーと一緒に飲水するようにしています。
水セリーを早期から使用することで嚥下機能を維持できるという意図があります。
実際に非常に小規模の研究ですが水ゼリーを用いることで嚥下機能が改善し、肺炎の再燃が減少したという研究があります。
J Clin Gastroenterol . 2021 Jan 19. doi: 10.1097/MCG.0000000000001493. Online ahead of print. Effectiveness of Water Jelly Ingestion for Both Rehabilitation and Prevention of Aspiration Pneumonia in Elderly Patients With Moderate to Severe Dysphagia
このようにゼリーなどの有効利用し、全くの絶飲食の期間を可能な限り短くすることが重要です。
C Care of oral 口腔ケア
口腔ケアは肺炎の死亡率を低下させるという報告すらあり、極めて重要で『歯は命』という言葉には実はエビデンスがあります。
Gerodontology . 2013 Mar;30(1):3-9. doi: 10.1111/j.1741-2358.2012.00637.x. Epub 2012 Mar 6. Oral health care and aspiration pneumonia in frail older people: a systematic literature review
特に経口摂取を早期に開始するためには、口腔内が不衛生であることはご法度です。必ず経口摂取を開始する前に可能な限り口腔ケアを行います。
口腔状態の評価はOHATというツールを用いて行います。
基本的には、明らかな口腔内が病的、義歯不良、口腔が不衛生、齲歯、残存歯を認めれば、歯科および歯科衛生士にコンサルトします。
まずは誤嚥性肺炎では歯を見ることを習慣化し、不衛生であれば口腔ケアを徹底しつつ、歯科、歯科衛生士にコンサルトすることが重要です。
口腔ケアに関しては急性期はまだエビデンスは乏しいですが、慢性期のエビデンスは蓄積されています。詳細は本文をご覧ください。
D Drug 薬剤
D Disorder of Neuro 神経疾患
D Dementia/Derrium 認知症/せん妄
抗精神病薬、抗不安薬、抗コリン薬、睡眠薬(ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系)、抗けいれん薬、抗うつ薬は嚥下機能を低下させるため中止できるかを検討します。特に、抗精神病薬やスルピリドは薬剤性パーキンソニズムを引き起こすことに注意が必要です。他には降圧薬をACE阻害薬にすることや、半夏厚朴湯の導入も考慮します。
またパーキンソン病に代表される神経筋疾患があれば嚥下機能が低下するため、それらの適切な診断と治療も必要になります。
入院中の誤嚥性肺炎診療でもっとも重要な課題のひとつが、せん妄への対応です。詳細は本書をご覧頂きたいですが、まずは非薬物的な介入が予防と治療を兼ねた最も重要な介入になります。
nouye SK, Bogardus ST Jr, Charpentier PA, et al. A multicomponent intervention to prevent delirium in hospitalized older patients. N Engl J Med 1999; 340:669.
例えば、カレンダーを使用したり、夜間の点滴や処置を可能な限り避けたり、離床を促し運動をし、尿道カテーテルなども可能な限り避ける、補聴器やメガネを使用する、などの対応が重要です。
いずれにせよ、看護師やセラピストなどの多職種での対応が望ましいです。
また眠剤も、抗せん妄作用がある、トラゾドンや、スボレキサントを優先し、ベンゾジアゼピン系は避けることも重要です。
E Energy/ Exersice 栄養/リハビリテーション
誤嚥性肺炎の予防及び治療という意味ではリハビリテーション栄養の概念が欠かせません
詳細は若林先生の言説をごらんになるとよいと思います。
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2013/PA03057_02
低栄養はサルコペニアとよばれる筋肉量の減少を惹起するため、十分量の栄養補給が必要になります。
低栄養はADLの悪化との関連があり、さらに急性期に入院した患者において低栄養があると死亡などの不良なアウトカムとの関連もあるとされています。
Wakabayashi H, et al. Malnutrition is associated with poor rehabilitation outcome in elderly inpatients with hospital-associated deconditioning: a prospective cohort study. J Rehabil Med. 2013; doi: 10.2340/1650 1977-1258 [Epub ahead of print]
kenta satou .Mini Nutritional Assessment Short-Form (MNA-SF) Predicts Clinical Outcomes: Cohort Study of Small-Sized Hospital in Japan
経口摂取が安定するまではアミノ酸製剤や脂肪製剤を併用することもあります。
ただ、ここでも早期の経口摂取が重要であり、早期に安全に経口摂取を行うことで低栄養を防ぐ意識が重要です。
栄養士との連携も重要でしょう。
2.リハビリ
リハビリテーションは非常に重要です。急性期病院に入院した高齢者にリハビリを早期から行うことで、身体機能の低下を防ぐというRCTが報告されています。
JAMA Intern Med. 2019;179(1):28-36. doi:10.1001/jamainternmed.2018.4869 Effect of Exercise Intervention on Functional Decline in Very Elderly Patients During Acute Hospitalization
さらに、誤嚥性肺炎患者においても後ろ向き試験ですが早期に理学療法を行うほうが、死亡率が低いという報告もあります。
Arch Phys Med Rehabil . 2015 Feb;96(2):205-9. doi: 10.1016/j.apmr.2014.09.014. Epub 2014 Oct 7. Effect of early rehabilitation by physical therapists on in-hospital mortality after aspiration pneumonia in the elderly
低栄養がある場合はリハビリ栄養の考え方に準じて栄養状態の改善を優先しリハビリの強度は落とす必要がありますが、それでも寝たきりを防ぐためにも早期からリハビリを行うことが重要です。
E Ethical 倫理的配慮(緩和ケア含む)
1.緩和ケア
2.アドバンス・ケア・プランニング(ACP)
3.臨床倫理
このような包括的介入をしても、いずれは食べることが難しくなります。よって、誤嚥性肺炎では高齢者医療、緩和ケア、臨床倫理などの素養が必要になります。胃瘻を作るかどうかという問題をとっても難しさがわかるかと思います。ここでは詳細は述べませんが、臨床倫理の4分割表を意識した意思決定支援が重要になります。
臨床倫理4分割法とは?(川口篤也) | 2014年 | 記事一覧 | 医学界新聞 | 医学書院
詳細は、ぜひ、本書をお読みください。
総括すると誤嚥性肺炎診療の要は多職種での包括的介入が重要ということにほかなりません。
多職種での介入をおこなううえで、KTバランスチャートが非常に有用です。
口から食べる喜びを支える(小山珠美,前田圭介) | 2015年 | 記事一覧 | 医学界新聞 | 医学書院
いかがでしたでしょうか?
今回は、ほんのさわりしか扱っていません。
詳しく勉強したい方は、ぜひ本書を手に乗ってください。
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