コミュニティホスピタリスト@奈良 

市立奈良病院総合診療科の森川暢が管理しているブログです。GIMと家庭医療を融合させ、地域医療に貢献するコミュニティホスピタリストを目指しています!!!

辺縁系脳炎とその周辺

JCHO星ヶ丘医療センターのFBページで自己免疫性辺縁系脳炎の素晴らしい、記事がありました(チーフの恩師が記載)。

https://www.facebook.com/%E6%98%9F%E3%83%B6%E4%B8%98%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC-%E7%B7%8F%E5%90%88%E8%A8%BA%E7%99%82%E9%83%A8-807233739305425/?fref=ts

 

今回、同じような症例があったので、自分なりにそこに載っていた論文をまとめてみました。

 

Causes of encephalitis and differences in their clinical presentations in England: a multicentre, population-based prospective study. - PubMed - NCBI

まずは英国の後ろ向きの解析結果。

脳炎を見たときの最初の検査

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上記のように多彩な原因有り。

ただ、普通はまずはヘルペスPCR。あとは歌がしければ帯状疱疹の髄液PCRを出すかどうか。

他の検査は日本では正直、やりすぎな印象。。

ただ、脳炎の原因は多岐に渡るという意味では一見の価値がある表。

免疫不全があるときはサイトメガロウイルスEBウイルスHSV 6/7を考えるというのは、なるほどという感じ。

旅行歴があるときは、ウエストナイルウイルスなど。

 

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感染症なら、やはり圧倒的にヘルペス脳炎が多い。次に帯状疱疹による脳炎。

このあたりは、実臨床の感覚にも一致。

細菌性と結核も多いが、結核は確診例は1例のみ。

自己免疫関連なら、ADEMが多い。ただこれは圧倒的に小児患者が多い。日英のワクチン事情の違いもあるかもしれない。

成人でも外せないが、これほど多くないと思われる。実際にADEMで20歳以上は全体の2割程度。

その代わりに、成人ではNMDAとVGKCが自己免疫性脳炎では重要になると思われる。

 

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免疫が正常なら、やはりヘルペス脳炎、ADEM、自己抗体関連(NMDA、VGKC)、結核帯状疱疹、細菌性は外せない。

 

 

次に症状の一覧

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発熱と頭痛は必ずしも全例には認めない。6-7割程度。

痙攣は、特に自己免疫性脳炎で頻度が高く9割程度に認める。ヘルペス脳炎でも6割程度で認める。

興奮を認めるのは全体の4割程度。ヘルペス脳炎の3割、ADEMの4割、自己免疫性脳炎の2割程度とそれほど頻度は高くない。 ここは正直意外な印象・・

呼吸器症状はADEMで多い。

皮疹は当然、VZVで多く約半数。

泌尿器科症状は結核ADEMで多い。

 

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細胞数増加はHSVでは9割程度、ADEMでも8.5割。ただし自己免疫性脳炎では7割程度と、増加しないこともある。蛋白増加も必ずしも認めない。

 

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MRIヘルペス性脳炎で9割、ADEMの10割で異常を検出するが、帯状疱疹の脳炎では4割。自己免疫性脳炎ではわずか2-3割しか異常を検出しない。

⇒NMDAやVGKCではMRIが正常でも全く否定できない。

 

 

脳炎における髄液所見のまとめ

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脳炎の予後

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予後が良いのは全体の4割程度。特に自己免疫性ではgood recoveryは6%のみ(ただ、奇形腫があるタイプのNMDAは予後が良いという別の報告もある)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3086523/

代表的なパラネオと関連する自己抗体の一覧

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こちらは自己抗体から見た疾患の一覧

辺縁系脳炎では、NMDAやVGKCなどの細胞表面の自己抗体と、それ以外の自己抗体であるHu、Yo,Maに大別というのは同じ。

肺がん・胸腺癌・生殖器癌(卵巣癌、精巣癌)は関連が深い傾向。

なお、話は変わるが抗アセチルコリン受容体も胸腺腫、重症筋無力症との関連で記載有り。

確かに、胸腺腫を摘出して免疫抑制をかけるという重症筋無力症のストラテジーと、奇形腫を提出して免疫抑制をかけるというNMDA脳炎のストラテジーは似ている・・

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●以下NMDA脳炎について

Anti-N-methyl-d-aspartate receptor encephalitis: review of clinical presentation, diagnosis and treatment

NMDA脳炎の特徴

NMDA抗体陽性者は、統合失調症や大うつ病境界性人格障害などの精神病と診断されている。

特徴

1 精神症状出現前の前駆症状(数週間先行)

ウイルス感染様症状(頭痛、微熱、上気道症状、消化器症状)

精神症状(集中力低下、不安、不眠)

 

2 精神症状(特徴的!)⇒統合失調症

・統合失調に比べ精神症状が断片的である傾向

興奮、奇異性行動、脱抑制、妄想、幻覚

混迷(目を開ようとせずに痛みに反応しない)

 

3 認知機能低下

 特徴的なのは短期記憶障害、他に集中力低下

 

4 不随意運動(てんかんと誤診)

 痙攣、ジスキネジア(顔面)

 

5 自律神経障害

 不整脈、低換気など

 

6 原因となる疾患がある

 代表疾患:卵巣奇形腫 しかし34例中9例しか腫瘍は存在しないという報告もある⇒腫瘍がないからといって否定できない

 

金沢医大からの報告では典型的な脳炎症状の他にナルコレプシー統合失調症のような症状を呈すると。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjghp/24/1/24_40/_pdf

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診断

基本的に血清 or 髄液のNMDA抗体の検出をもってなされる。

 ⇒金沢医大に検体を送る or 業者に頼む

髄液検査の異常は8割程度(リンパ球増加、蛋白増加)

MRIは7割で正常!! ⇒3割でしか異常が出ない。

 

鑑別疾患

ウイルス性脳炎、自己免疫性脳炎

ジスキネジアがあると、てんかん と誤診も

他に精神疾患も(統合失調症ナルコレプシー

 

治療

免疫抑制療法を行う。

通常はステロイドパルスが使われる。他にはIVIGや血漿交換も

奇形腫があれば速やかに摘出

second lineの治療としては、リツキサンやシクロホスファミド

カタトニアを合併すればベンゾジアゼピンを使用。

 

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/51/9/51_9_683/_pdf

抗NMDA受容体脳症をもう少し考えてみる - Neurology 興味を持った「神経内科」論文

ステロイドパルス+IVIGというのも実地では使われている模様

 

 

 

 

なお、NMDA脳炎は若年者と45歳以上では性質が違う。

Late-onset anti-NMDA receptor encephalitis. - PubMed - NCBI

抗NMDAR脳炎患者661人のコホート研究。

若年成人(18-44歳)と比較して、高齢患者は男性であることが多く(45%vs 12%、p = 0.0001)、腫瘍の頻度は低かった(23%対51%、p = 0.002;)

診断まで期間も高齢の方が長く(8週対4週、p = 0.009)および治療期間も長く(7週対

4週、p0.039)、良好な転帰を示さなかった(2年の地点でmodified Rankin Scaleスコア0-2 であるのは60%対80%、p、0.026)。

多変量解析では、若年(オッズ比[OR] 0.15、信頼区間(CI)0.05-0.39、p5 0.0001)、早期治療(OR 0.60、CI 0.47-0.78、p、0.0001)、集中治療の必要性がない(OR 0.09、CI 0.04-0.22、p、0.0001)、およびより長期のフォローアップ(p、0.0001)は良好な転帰と関連していた。

リツキシマブおよびシクロホスファミドはfirst lineの免疫療法が失敗した場合に有効だった。(OR 2.93、CI 1.10-7.76、p 5 0.031)。

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全体として、60%の45才以上の患者は、24カ月後のフォローアップ時に完全または実質的な回復を示した。

 

●ということで・・

⇒抗NMDAR脳炎は、若年女性の奇形腫のイメージだが45歳以上であればむしろ男性が多い。そして高齢では予後は不良(若年女性なら奇形腫を切除すれば予後良い)

そして、高齢・男性では診断が遅れ、治療も遅れる。

癌も奇形腫というよりも通常の癌(乳癌、肺癌、胸腺癌)が多い。

 

以下45歳以上のNMDA脳炎の特徴

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●VGKC脳炎に関して

患者のベースライン

男女は半々 平均66歳 84歳という症例も!

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症状の一覧

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NMDA同様に痙攣や認知機能低下が認められる

ただし、妄想など精神症状は少ない傾向。

視床下部の症状⇒低ナトリウムや食欲亢進も

自律神経症状も特徴的⇒多汗、脈の異常、血圧の異常

ミオクローヌスが多い(NMDAはジスキネジア)

 

つまり、VGKCのほうがNMDAに比べて

妄想など統合失調症様の症状が少なめ、低ナトリウム多め、自律神経症状が多め、ミオクローヌス>ジスキネジア という傾向が言える 

 

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⇒癌との関連有り。  特に小細胞がん、胸腺腫、前立腺がん、乳がん

癌を疑ったが確認されなかったのが14%

 

 

 

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他の抗体も併存している。特にGAD抗体が多い。

 

 

VGKCでは必ずしもMRIは54%でのみ異常が出る。

VGKCのMRI所見

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Encephalitis and antibodies to synaptic and neuronal cell surface proteins. - PubMed - NCBI

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NMDA抗体など抗体と症状の一覧。

なおVGKCは、総称であり少し古い概念になりつつあると。

この論文ではVGKCではなく、LGI1, Caspr2の2つに分類して記載している。

 

以下、診断と治療のアルゴリズム

抗体が表面のシナプスに対するもの(NMDA,VGKC)か、神経内蛋白に対する抗体(Hu)で分類している。 前者ではより免疫抑制が重要。

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なお、GAD抗体関連の脳炎もあるとのこと。

Spectrum of neurological syndromes associated with glutamic acid decarboxylase antibodies: Diagnostic clues for this association (PDF Download Available)

ただし、GAD関連神経疾患50人のうちGAD関連の 脳炎は2人のみ。。

⇒VGKC脳炎でもGADが陽性になるくらいなので、GAD関連の脳炎は稀かもしれない。

他の自己抗体が全て陰性で、GADが著名高値なら考えても良い。