相対的副腎不全による術後の突然の低血圧
全身麻酔のどの段階(誘導、維持および抜管を含む)においても低血圧に遭遇する可能性が高い。麻酔の誘導に使用される薬物は、全身血管抵抗(SVR)および動脈血圧の両方において実質的な低下を引き起こし得る。同時に、重度で持続的な低血圧は全身毛細血管のネットワークにおける灌流障害をもたらす。
正常な血清コルチゾール濃度にもかかわらず、致命的な疾患などのストレス状態におけいてコルチゾール応答が不適切にしかなされない状態は、相対的な副腎不全として定義される。
グルココルチコイドは、ストレスへの適応、血行力学的安定性において重要である。副腎皮質機能は、生存において重要な役割を果たす。副腎不全は、敗血症ショックの病因に重要な位置を占める。
〇症例
69歳の男性。変形性股関節症に対して、人工関節置換術を予定手術で行うことになった。
前立腺肥大の既往があったが他大きな既往歴なし。
心拡張障害はあるが、心電図、心エコーでの収縮能も問題なし。
前立腺および人工関節置換術の既往歴があり、全身麻酔の際に抵抗性の低血圧を認めた既往歴がある。
そして全身麻酔を行った。
〇血圧の推移
麻酔開始後4.5時間経ったところで、細胞外液を十分に使用しているにも関わらず低血圧を認めた。
エフェドリンでも血圧上昇を認めず、ノルアドレナリンを開始した。
低血圧中でも頻脈は認めなかった。
CVPは3cm H20でヘモグロビンは11であった。
血液ガスは、pH 7.28, pO2 87 mmHg, pCO2 16 mmHg, HCO3 was 18 meq L- であった。
ノルアドレナリン増量にも関わらず血圧の上昇を認めなかったので、副腎不全が想定されメチルプレドニゾロンが開始された。
ノルアドレナリン、ドーパミン、メチルプレドニゾロンの投与を、副腎不全として帰室後もICUで継続した。
その後、徐々に昇圧剤はテーパリングが出来て、8時間で中止した。
メチルプレドニゾロンも徐々に減量し、5日で終了し、その後問題なく経過した。
その後、また手術をすることになったので同患者は、副腎不全に準じてAddisonのプロトコールが推奨された。
〇Addison プロトコール
1)午後8時に手術前日にヒドロコルチゾン(またはメチルプレドニゾロン40mg)を筋肉注射。
2)手術の2時間前に筋肉注射で100mgのヒドロコルチゾン(または40mgのメチルプレドニゾロン)を投与する;
3)手術当日に手術と同時に、6時間間隔で5% ブドウ糖液500mlに混注したヒドロコルチゾン50㎎(または20mgのメチルプレドニゾロン)を6時間間隔で投与し、5%ブドウ糖液を生理食塩水で置換し、注意深く血圧を監視する。
4)術後1日目および2日目に朝の08:00にヒドロコルチゾン50mg(またはメチルプレドニゾロン20mg)を投与する。また上記のように、25mgのヒドロコルチゾン(または10mgのメチルプレドニゾロン)をメインに加えて注入する。電解質や、BUNなどもフォローする。
5)3日目および4日目の朝、筋注でヒドロコルチゾン50mg(またはメチルプレドニゾロン20mg)を投与する。
朝に15mgのヒドロコルチゾン錠剤(または5mgのプレドニゾロン錠剤)、昼に10mgのヒドロコルチゾン錠剤(または2.5mgのプレドニゾロン錠剤)、および10mgのヒドロコルチゾン錠剤(または2.5mgのプレドニゾロン錠剤)を夕方に投与する。
6)経口のヒドロコルチゾンまたはプレドニゾロンを徐々に減少させ、血圧や全身状態をモニターして6日目に維持用量に移行する
Addisonのプロトコールで周術期にステロイドを使用したところ、血圧低下せずに経過することが出来た。
周術期のみ相対的副腎不全になると考えられた。
〇結論
コルチコステロイドに関連した低血圧の診断を行うことは非常に困難であることを心にとどめる。
輸液および昇圧剤に応答しない低血圧の場合、重大な疾患に関連した副腎不全が疑われるべきである。