コミュニティホスピタリスト@奈良 

市立奈良病院総合診療科の森川暢が管理しているブログです。GIMと家庭医療を融合させ、地域医療に貢献するコミュニティホスピタリストを目指しています!!!

病院総合医とExpert Generalist

*これは所属組織や学会の意見ではなく、あくまで個人の意見です。

 

病院総合医を曲がりなりにも医師3年目から8年間やってきた。

この間、自分なりに家庭医療の考え方をベースにExpert Generalistとしての病院総合医とは何かを考えてきた。

下記の藤沼先生のブログからExpert Generalistの要件を引用

http://fujinumayasuki.hatenablog.com/entry/2019/09/20/141833

 

複雑性が高く、構成要因が比較的重症な多疾患併存患者(Complex Multimorbidity)の入院治療と外来マネージメント
下降期慢性疾患の入院治療と外来マネージメント(入退院を繰り返す、慢性心不全、慢性腎臓病、慢性呼吸不全等)
未診断・未分化で症状が比較的重い患者の確定診断とマネージメント
精神疾患合併患者の身体疾患マネージメント
進行したFrailな患者(Multiple Functionlal Decline)の身体疾患急性増悪期のコントロールとマネージメント
心理社会経済的問題によるCrisisサイクル(Complex/Chaos Cases)を一時的にリセットする入院患者のマネージメント 
上記の構造の問題に関して必要なIllness Experienceに関するアプローチに精通していること

 

とはいえ、藤沼先生がExpert Generalistについて語っても、以下のような意見があることも私は知っている。

「これは家庭医の意見だから病院総合医には関係ない」

「欧米のGPの考え方なので日本の総合内科とは関係ない」

 

上記のような反論はExpert Generalistとしての総合診療医を理解できていないのではないかと思う。

総合診療医には専門性があると言いながらも、実際には専門性はない、もしくは広く内科を見れることが専門性だと思っているのではないかと、思う。

実際に大学の総合診療科が臓器別専門医から「ジェネラル」に転向した先生が多いことからもこれは見て取れる。

 

このような内科を幅広く診るということに専門性を置く場合、ジレンマが生まれる。

結局、内科が幅広く診れるだけで、自分には専門性がないのではないか?

さらに内科を幅広く診るということを専門性にすると、膨大な知識や経験を持つスーパーマンでないと総合診療医になれないということになってしまう。

 

これが実際に米国ホスピタリストに近い形で、急性期病院で幅広く内科を診る施設で働ける場合は、このジレンマを、あまり感じなくてすむ。

しかし、小規模病院や急性期病院でも専門内科が充実していて幅広く内科が診れない環境では、そうはいかない。

誤嚥性肺炎や尿路感染ばかり診て、内科的に興味深い疾患が診れない」

「他の内科医が診たくない疾患ばかりを押し付けられている」

という、ジレンマに陥ってしまうのだ。

 

よって、総合診療自体の専門性つまりExpert Generalistとは何かを追求する必要があるのだ。

新専門医制度の総合診療専門医の問題点もそこにある。

「結局、小児科と救急も診れる内科医が、総合診療医でしょ。俺たちも臓器別専門医をやってからジェネラリストになったけど、それで問題なかったよ。」

という意見が、多いのではと思う。

 

でも、それってカッコ悪いですよね。

少なくとも、俺は嫌だ。

 

具体的には以下のような例が挙げられる。

 

認知症が進行しADLは寝たきりに近い高齢男性。

認知症に加えて、CKD stage G4 ,心筋梗塞後の心不全がありNYHAⅣ,心房細動も合併している。さらに喫煙者でCOPDも合併している。

抑うつ傾向があり、介入は拒否している。

今回、誤嚥性肺炎とCOPD急性増悪で入院。心不全も合併してる。入院時はフレイル状態で低栄養も著明。

さらに、せん妄も合併しており、拒否が強い。

喀痰も多く、NIPPVもためらわれる。

長男は今後の患者は長生きできると確信して出来る限りの医療をして欲しいと思っている状況である。

介護保険はまだ入っていない状況。

独居であり、家はゴミ屋敷に近い。

 

というようなケースがある。

これは内科医にとっては最も避けたいケースだろう。

というか、総合診療医にとっても辛い。

MultimorbidityかつComplex なケースである。

 

そしてこのようなケースは急性期病院であっても、昨今の高齢化社会では決してまれではないのだ。

このような問題は家庭医の問題で急性期病院医は関係ないと言っている先生は、大学病院で極めて特殊な患者群しか診療していないのかなと感じてしまう。

 

だが、このようなケースを自分の専門性と考え、持てる経験と知識と理論をfullに活用してベストな診療できる医師こそが、Expert Generalistなのだろう。

ここでいうベスト、というのはガイドライン通りの内科的なベストの診療とは必ずしも異なるということが重要である。

ベストな診療は、複雑性が高いときには、個別性が高くなるのだ。

それは優しさとかマインド、あるいはマネージメントなどと言う生ぬるいもので、どうにかできるほど甘くはない。

 

内科全般に関する知識や臨床推論、高齢者医療、リハビリなどに関する各論的はもちろんのこと。

本当に重要なのは複雑性をプロとして扱う技能やスキルなのである。

その根本としてある理論がいわゆる家庭医療の理論と呼ばれるものである。

循環器内科医にとって心不全における病態生理が極めて重要な根本理論であるのと同様に、総合診療医にとってはBPSモデルや患者中心の医療の技法などの「家庭医療の理論」が根本にくるのだ。

よって総合診療医としての研究に、例えばC型肝炎の研究というのは違うように思う。

Multimorbidity研究などは、まさにど真中に来るのだろう。

そもそも、家庭医療の理論は現場から帰納的に導き出されたものであり、常に答えは現場にあるといっても過言ではない。

実際に上記の症例のような複雑な症例を急性期病院で扱うときに「家庭医療の理論」があると、途端に視界が開ける。

これは実際にやってみないと分からない。

 

興味を持った方は下記の本を是非、見ていただきたい。

 

 

 

 とはいえ、僕もまた道半ばだと思う。

家庭医療の理論も6年目から独学で勉強し始めたに過ぎない。

もちろん最初に内科を幅広く勉強する機会があったことは、今でも役になっている。

しかし佐藤健太先生や大浦誠先生のような真のExpert Generalistとしての病院総合医には敵わないといつも思っている。

大浦先生ブログ https://moura.hateblo.jp/about

 佐藤先生ブログ http://blog.livedoor.jp/gp_ken/

 

 

 なので、これから総合診療医を目指す先生には家庭医療の指導医がいる環境で総合診療研修をするように勧めている。

そこにしか、Expert Generalistになる道はないのだ。

よく、内科を幅広く勉強してからじゃないと不安という意見もあるが、そもそも専門性が異なるのだ。

内科を専門にしたいなら最初から内科に行けばよい。

総合診療を専門にしたいなら最初から総合診療に行けばよい

ただ、それだけのシンプルな話ではないか。

心臓血管外科医を目指す医師には内科に行ってから心臓血管外科に行けとは言わないことと同じだと思う。

残念ながら新専門医制度の総合診療専門医だけでは、Expert Generalistへの道は開けていない。

現実的に日本で最もExpert Generalistへの道を保証してくれるのは現状では、下記の新家庭医療専門医制度しかないと思う。

https://www.shin-kateiiryo.primary-care.or.jp/

 

総合診療専門医の理念は理解できる。

まずは人を増やすためにハードルを下げようというものだ。

ただ、それだけではなんだか「カッコ悪い」気がする。

どうせならExpert Generalistを目指したほうが、カッコいい。

さらに、Expert GeneralistはAIが発展して医師が削減される近未来でも確実に生き残るだろう。

Expert Generalistの仕事はAIでは肩代わりできないのだ。

なので病院総合医を目指す若者も、Expert Generalistを目指してほしいと思う。

 

最後に、ちゃんとデータは取れていませんが、俺の実感を。

後期研修で総合内科を選んだ場合、内科研修と家庭医療研修を行った場合、そのまま総合診療や総合内科で残る割合はどちらが高いか?

答えは、圧倒的に後者。

最初は総合内科を志していても、やっぱり専門を持つのが大切だよねとなる。

Expert Generalistとしての病院総合医に至る道は、このことからも明らかだと思う。