COVID-19で日本は米国より死者が少ない状況なのに、現場では何が問題になっているか?
最近ブログが更新できていません。。
COVID-19がそれほど多いわけではないのですが、その対応や対策を考えたりしているとやや疲れてしまいます。
最近、FBで非医療従事者の方から表題の質問がありました。
感染症が専門でもなく、感染症に特別に詳しいわけでもない総合診療医ですが、仮説を立ててみました。それほど、的外れではないように思います。
①なぜ日本はCOVID-19による死者数が少ないのか?
何故日本が、死者数が少ないのか。
その理由はよく分かっていません。ただいくつかの仮説が成り立ちます。
まず日本ではPCR検査の数が少ないため、原因不明の死亡のなかにCOVID-19が紛れ込んでおり、その結果COVID-19の死亡者が実際よりも少なく見積もられている可能性もあります。
ただしニューヨークやイタリアの惨状をみれば日本の状況ははるかに良いです。
またこれだけCOVID-19が話題になっていれば流石に重症肺炎には検査が行われているはずなのでそれらをさしひいても『実際に』日本では死者数が少ないと考えるべきです。
結核のBCGワクチンが有効ではないかという説もあります。
他の仮説は日本人が個別に感染対策をしっかり行っているという説です。
もともと、同調意識が強い国民性ですので、早い時期から『3密』が話題になっていましたし、マスクもほぼ全ての国民がしている状況が続いています。
また手洗いを行う意識が個別に徹底していますし、さらに家に帰れば靴を脱ぐという文化も関係しているかもしれません。
韓国や台湾など既に封じ込めに成功している国に比べて日本の国策が特別に優れているとは思えません。。
しかし、真面目な国民性、良くも悪くも同調意識の高い国民性があり、そこに訴えることでロックダウンをせずに封じ込みに成功しつつあるという日本のモデルは、優れていると言えるかもしれません。
ただ、純粋に人種の問題でアジア人はCOVID-19で死亡しにくいというだけかもしれません。
米国でもアフリカ系の人々のほうが死亡しやすいようです。
https://www.bbc.com/japanese/52240100
ただ、これも経済的に恵まれていないという因子も関連しているかもしれず、単純にひとつの因子では説明できないかもしれません。
②しかし、それでも日本の医療は限界であった。
しかしそのような国民の努力があったにも関わらず、日本の医療は既に限界を迎えつつありました。
下記の忽那先生の御指摘のように非常事態宣言の前後の東京は医療崩壊の一歩手前の状態で、既に医療崩壊を一部起こしていたようです。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200405-00171589/
アメリカやイタリアに比べれば状況は良いのだから医療崩壊などするはずがないと一般の方は思われるかもしれません。
しかし、分かりやすい例では、肺炎疑いの患者を全ての医療機関が断ってしまい、行き場がなくなり救急車内で亡くなってしまう。
という事態は現実に起こっていました。
また発熱があるだけで診療を断られるという事態も発生しています。
何故、米国よりも余裕があるはずの状況なのにこのようになってしまうのでしょうか?
③日本の感染症診療、医療における問題点
信じられないかもしれませんが、日本では臨床における感染症診療は一般的に蔑ろにされてきました。米国では数十年前から臨床感染症専門の医師が登場し、主要な領域として尊重されてきました。実際に米国の内科の教科書であるハリソンにも感染症は主要なトピックスとして最も多いページで扱われています。しかし日本では感染症は『やっつけ仕事』として抗菌薬を出しとけばよいと扱われてきた歴史がありますし内科の教科書でも感染症の占める割合は決して多くはありません。また感染症の専門医はどちらかというと微生物の専門家であり臨床の現場で感染症を扱う専門科は非常に少ない状況が続いていました。実際に筆者は医学部の学生時代に微生物の講義は受けましたが、臨床感染症の知識は医学部自体は習った記憶がほとんどありません。しかし、青木眞先生、岩田健太郎先生など米国で臨床感染症を学んだリーダーが登場し、若手でも臨床感染症を行う医師が増えてきており状況は改善しつつあります。しかし、それでも臨床感染症をきちんと訓練されている医師は不足しています。ちなみにテレビに出ている『感染症に詳しい医師』というのはこのような臨床感染症の専門家ではないことも多いように感じます。なお肺炎なのだから呼吸器内科の先生が見れば良いのではと思うかもしれませんが、呼吸器内科はそもそも潤沢にいるわけではなく、さらに普段は特殊な間質性肺炎という専門性の高い病気や、肺癌などの診療に追われているため肺炎だけ診ていればよいわけではありません。呼吸器内科の先生が肺炎診療に追われてしまうことで呼吸器内科の先生ではないと診れない病気が診れなくなるリスクもあります。
B 感染症対策の不足
厚生労働省の方々は非常に熱心に対策されておられるのは間違いありませんが、それでも厚生労働省の方々は普段は感染症対策に全ての人が従事しているわけではありません。米国のCDCのように感染症対策に特化した専門機関が日本には存在しません。日本版CDCを作れば済むという単純な問題ではないでしょうが、感染症に関して専門的に対策を行い国と密接に連携して感染症対策の音戸を取る機関が日本ではありません。また保健所が今回のCOVID19で感染症対策の現場における中心的な役割を担っていますが、保健所任せになっており、そもそも保健所が不足していることで現場の保健師が限界に近付いているようです。
https://www.nnn.co.jp/dainichi/knews/200425/20200425093.html
C システムの脆弱性
日本の医師は個人的に診れば非常に優秀で熱心な方が多いです。しかしその個人的な奉仕に依存するシステムが継続しています。具体的にいうとスーパーマンのような優れた医師が個別に現場で努力することで成り立っているシステムであると言えます。よって医師が数人離脱することでも現場が回らなくなります。米国の状況を見ていると確かにニューヨークは悲惨なことになっていますが、それでも病院では人員をかき集め、人工呼吸器をかき集め、さらに通常のICUや病棟もCOVID19専用に素早く改造し対応しているようです。このようなシステム化で未曽有の大惨事にもなんとか対応出来ているようです。これらのシステムの柔軟性とシステム化に関してはおそらく、先の大戦中から米国が優れていた点だと思います。個別の医師の能力が低かったとしてもシステムの優秀性でそれをカバーして余りあるというのが米国の優越性だと感じます。ちなみに米国は長時間労働を避けチーム制が主流になりつつありますが、日本は主治医性で長期間労働が常態化しています。良い悪いではなく、日本のシステムはもともとギリギリな状態なので非常事態に弱いと言えます。さらに日本では縦割りで柔軟性が乏しいシステムであるため、柔軟に対応することが難しい傾向があるかもしれません。もちろん全ての病院がそうではありませんし、柔軟に対応しているところもあるかもしれませんが、全体的に診ればそのような傾向はあるようです。
D 総合的に診れる医師の不足
COVID19診療の難しい点は大概の発熱患者はCOVID19ではなく、肺炎だけでなく尿路感染、胆管炎、さらには特殊な膠原病と言う疾患など多種多様な発熱患者が紛れ込んで来ます。PCR検査が限られている状況では総合的に判断しPCR検査をするべきか、あるいはCOVID19ではないなら、他にどのような疾患が考えられるかなど非常に総合的な判断が求められます。しかし、日本では専門医志向が強く内科医になる医師も3年目の比較的若い時期からすぐに専門医の訓練を始めるため総合的に診療できる医師が乏しいという実情があります。米国では3年間総合的に内科の訓練を専門内科に行く前に行うこととは対照的です。日本でも総合的に診れ優秀な専門医の先生はいらっしゃいますが、基本的には個人的な能力が高いか、良い指導医に巡り合えた幸運があった場合かに限られます。また救急領域でも従来は重症患者を診るスタイルが主流であり米国のいわゆるER「どんな救急患者であっても軽症~重症まで総合的に診る」という救急医が不足していた背景もあると思います。そもそも救急医の絶対数も足りていません。発熱患者が『たらいまわし』になる背景には臨床感染症の不備が最も大きいですが、総合的に診ることが出来る医師が不足しているということもありえるかもしれません。
④仮説 『米国に比べると日本の医療システムは感染症パンデミックで医療崩壊に至る閾値が低い。』
日本は個別には国民も医療者も優れている。またロックダウンをせずに自粛という形で封じ込みに成功しつつあることは間違いなく素晴らしいと思います。しかしシステムおよび臨床感染症対策の不備などの理由で医療崩壊に至る閾値が低いというのが現場の医師の実感です。つまり本来は助かるはずの命が助からない危険性です。今後すぐに感染症対策が強化できるかは分かりませんが、単純な米国との比較で日本の医療は大丈夫なはずだと思わないほうが無難ではないかと考えています。
なお、COVID-19対策のダッシュボードを共有します。
https://www.stopcovid19.jp/?fbclid=IwAR0XvkgyIKHVL7dlcLBisL2byn3EY-3FZJBCEpJTbLQShgjsTOa7MB2ztjA
これは新型コロナウイルス感染症患者数 / 対策病床数の都道府県別の比率になります。病床数は東京でさえも足りていないことも分かると思いますし、実感とも合います。
再度申し上げると、現場の医療従事者の感想としては『決して余裕があるわけではない』ということになります。
米国より死亡率が低いから安心なので全面的に自粛を解除ということになると、再度爆発的に感染者数が増えることを恐れています。
もちろん、どこかでは解除が必要です。
しかし、例えばインフルエンザウイルスの流行とCOVID19の流行が重なってしまった場合は、容易に医療崩壊に繋がることは想像に難くないのです。